南アフリカ共和国の国歌「南アフリカの国歌」の動画: 「スクラム ユニゾン

南アフリカ共和国の国歌は、神よ、アフリカに祝福を(コサ語・ズールー語)と南アフリカの呼び声(アフリカーンス語)の両曲をひとつに編曲したものです。

1997年に南アフリカの大統領・ネルソン・マンデラが民族和解・協調政策の一環として、黒人解放運動の象徴である「神よ、アフリカに祝福を」とアパルトヘイト時代の国歌「南アフリカの呼び声」が組み合わされたんだって。

南アフリカの国歌の歌詞

National Anthem of South Africa /南アフリカの国歌

(コサ語、ズールー語、ソト語、アフリカーンス語、英語の歌詞)
Nkosi sikelel' iAfrika
Maluphakanyisw' uphondo lwayo,

Yizwa imithandazo yethu,
Nkosi sikelela, thina lusapho lwayo.

Morena boloka setjhaba sa heso,
O fedise dintwa le matshwenyeho,
O se boloke, O se boloke setjhaba sa heso,
Setjhaba sa, South Afrika ― South Afrika.

Uit die blou van onse hemel,
Uit die diepte van ons see,
Oor ons ewige gebergtes,
Waar die kranse antwoord gee,

Sounds the call to come together,
And united we shall stand,
Let us live and strive for freedom
In South Africa our land.

(歌詞の読み仮名)

ンコシ シケレリ アフリカ
マルパカニース パンダ ロワヨ

イズワ イミタンダーゾ イェトゥ
ンコシ シケレラ ティナ ルサポ ロワヨ

モレナ ブルカ スィチャバ サ イェス
ウ フェディゼ ディントワ リ マツェニェホ
ウ シ ブルケ ウ シ ブルケ スィチャバ サ イェス
スィチャバ サ サウス アフリカ サウス アフリカ

アィ ディ ブロウ ファン オンサ ヒェーメル
アィ ディ ディプタ ファン オンス シエー
ウアー オンス イーヴェへ ヘベルタス
ヴァー ディ クロンサ アントヴァード ヒエ

サウンズ ザ コール トゥー カム トゥギャザー
アンド ユナイテッド ウィー シャル スタンド
レット アス リヴ アンド ストライヴ フォー フリーダム
イン サウス アフリカ アワー ランド

(南アフリカの国歌の歌詞の日本語訳)

第1節(コサ語)
神よアフリカに祝福を与えたまえ
その誇りを取り戻させたまえ

第2節(ズールー語)
われらの祈りを聞きとどけたまえ
われらに祝福を与えたまえ
われらアフリカの同胞なり

第3節(ソト語)
神よわれらの国に祝福を与えたまえ
戦いも争いも追い払いたまえ
われらの国を守りたまえ
われらの国、南アフリカ、南アフリカ

第4節(アフリカーンス)
青き空の彼方から
深き海の深淵から
永遠不滅の山々の
切り立つ峰々にこだまする

第5節(英語)
ともに来たれと呼び声が響く
われら一つになりて立ち上がらん
われら自由を求めて生きん
南アフリカ、我が祖国

引用:VICTORY

おもな言語英語、アフリカーンス、ズールー語
National AnthemNkosi Sikelel'i Aflika & The Call of South Aflica
国歌南アフリカの国歌
こんにちはサゥボゥナ
ありがとうンギヤボンガ

南アフリカ国歌を歌わない…「歌えない」国民たち、複雑な歴史

国歌に5カ国語も混在している歌詞は他にそうそうないよね。ヨーロッパ(ポルトガル、オランダ、イギリス)による植民地と侵略の歴史を経て、アパルトヘイト(人種隔離政策)といった差別や憎しみを乗り越えてきたという複雑な歴史があります。

選手だけでなく観客も一緒に国歌斉唱を行いますが、出だしはみんなが大きな声を張り上げていたのに、途中のアフリカーンス語になると誰も知らないもんだから、歌えなくなったり、歌詞を適当にして小さな声で歌っていたりするんです。そうして、最後の第5節の英語の歌詞になるとまた威勢良く大きな声で歌うというわけです。

ただ、やはりアパルトヘイト時代を思い出させる側面もあってわざと歌わない国民もいるようです。

1995年第3回ラグビーW杯 南アフリカ大会のエピソード

アパルトヘイト(人種隔離政策)はとっくに撤廃にはなっているんだけど、過去の憎しみや遺恨もまだあるようです。ちなみに、サッカーは黒人のスポーツでラグビーは白人のスポーツと見なされていた歴史が今も人々の心の片隅には残っているのかも。だから、サッカー選手はアフリカーンス語の歌詞を歌わなかったり、ラグビー選手は黒人の言語で歌われる箇所を歌わないといった時期もあったそうですね。

だけど1995年第3回ラグビーW杯 南アフリカ大会が開催され、ホームチームの南アフリカ代表が優勝しました。この時、選手のほとんどは白人でしたが、みんな黒人の言語であるコサ語、ズールー語、ソト語の歌詞を覚えてしっかりと大きな声で歌いました。

映画:インビクタス/負けざる者たち(モーガン・フリーマン、マット・デイモン)

「国歌は、国を統一し南アフリカのアイデンティティーを世界に示すもの。」ラグビーワールドカップは、国民意識とアイデンティティーを強固にする良い機会になると考えた当時のネルソン・マンデラ大統領とラグビーチームのキャプテンが国をまとめるために奮闘した実話が映画になっています。

感動しました。そしてまたラグビーが好きになりました!
>>インビクタス/負けざる者たち [ マット・デイモン ]

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